impracticable theory 机上の空論

ポータブルオーディオ 主にカスタムイヤーモニター

Sensaphonics Musician's Ear Plugsはカスタム耳栓で最高の選択肢かもしれない

Sensaphonics(センサフォニクス)社のシリコン製カスタム耳栓、Musician's Ear Plugsのレビューです。


f:id:impracticable_theory:20150320165931j:plain


# うんちくや寄り道が多い長文レビューです。苦手な方はご注意を。

以前のレビューでFiEar Silenceというカスタム耳栓を取り上げました。
it.hatenablog.jp
自分の耳の形にぴったりフィットした柔らかい耳栓で、圧迫感や痛みがなく長期間安全に聴覚を守ることが出来るということでオススメしていたのですが、どうにも大きく口や首を動かしたときに密閉が外れるという問題がありました。
落ち着いたコンサートや電車・バスなどであればそれでも問題無いのですが、跳んだり跳ねたり手を振ったり笑ったり歌ったりと忙しいライブの場合に密閉が不完全になる瞬間がある事が不満でした。

そこで、カスタムインイヤーモニターのメーカーとして最古参であり、シリコン素材のイヤーモールドで最も多くの経験を持つであろうSensaphonicsのカスタム耳栓、Musician's Ear Plugsを試してみました。
Musician's Ear PlugもFiEar Silenceと同様に音響フィルターを使用し、音質を損なう事なく音量を下げられる耳栓です。
Musician's Ear PlugではER-4Sで高名なEtymotic Research社製のフィルターを使用しており、-9db・-15db、-25dbの三種類があります。
今回はライブでの使用がメインなので-25dbを選びました。このフィルターは後から個別購入することも出来ます。

Sensaphonicsのカスタム耳栓は現在公式サイトからの注文のみで、耳型採取も指定の補聴器店のみで受け付けられています。
価格も耳型込みで35000円近くと高価で購入には少し敷居が高いですが、先の不満点は完全に解消しました。Sensaphonics Musician's Ear Plugs、とても素晴らしい製品だと思います。


早速FiEar Silenceと比較してみましょう。

f:id:impracticable_theory:20150320170052j:plain

耳栓の造形の違いとして、Sensaphonicsの方がヘリクス部が薄く長いです。
f:id:impracticable_theory:20150322215210j:plain:leftf:id:impracticable_theory:20150322232543j:plain

カナル部もより長く、そして音導管が太く作られています。f:id:impracticable_theory:20150322214626j:plain:leftf:id:impracticable_theory:20150322232607j:plain

音導管が太いということは、相対的にカナル部が薄くなっていますね。
この"薄い"というのが装着感の大きなポイントになっています。同じ固さの素材であれば薄い方が柔らかく感じるので、Sensaphonicsの耳栓の方が圧倒的に顎や首の動きへ追随するようになっています。カナル部が長く太いことも相まって、みっちりはまってぴったり動かない、という印象ですね。
また、音導管が太いので高音の減衰も小さくなっているでしょう。
造形自体も耳に対して正確なようで、耳栓の全面で保持できているのか、寝てるときに使っていても痛くなりにくいです。
長いカナル部が影響しているのか、遮音性自体もSensaphonicsの方が高いように感じます。
これらの優位は、20年以上に渡るSensaphonicsの経験と哲学に裏打ちされたものだと思います。
ただし、通常のMusician's Ear Plugsはヘリクス部はありません。カナル部のみが基本の構成です。私がヘリクス部があった方が好みなのでオーダー時に指定したものになります。イヤーモニターと同じ作りにすればそっちを買うときの参考になるかという目論見もありました。


そもそも同じシリコン素材で、同様に優秀なフィルターを使用し音質を損なわずに音量を下げるという非常に似たコンセプトの製品でなぜこれほどの違いがでるのでしょうか。

そのためにまず耳の中について調べてみましょう。

f:id:impracticable_theory:20150322214647j:plain

これはカスタムのイヤモニや耳栓を作る際に取得する耳型です。
ここの1(赤)の部分が耳穴です。カナルとも言われます。このカナルに挿入するタイプのヘッドホンを一般的にカナル型イヤホンと言われていますね。
耳穴に入ってすぐに曲がりがあり、これが第一カーブと言われています。2(紫)の部分です。
その後、細くなりつつ奥に向かい、急にまたカーブを迎えます。これが第二カーブを言われます。3(橙)の部分です。
第二カーブ以降は急激に細くなり、鼓膜へと向かいます。

この第二カーブ以降ですが、実は頭蓋骨の中に入っています。そのため皮膚が薄く非常に敏感です。耳かきなどで奥に触ると痛みやえずき・咳が出ることがありますが、そのときはこの第二カーブ以降に触れています。
また、皮膚が薄い上に直下に骨があるため、圧迫されると神経や血流が阻害されやすい場所でもあります。
なので、補聴器やカスタムイヤーモニターを作成する際にはカナル部をこの第二カーブまでの長さに、長くてもその先2ミリ程度に抑えるのが定石です。

しかし、耳穴の浅い部分を密閉させた場合、耳閉塞効果という現象により自分の声の低音部が強調され不快に感じることがあります。
自分の指を耳に入れて声を出すと分かりますが、声の低い所が響いて聞こえます。このため補聴器やステージ上でのイヤーモニターの使用を嫌う人もいます。
ところが、さらに奥に指を入れるとこの耳閉塞効果は低減されます。つまり、第二カーブより先まで補聴器やカスタムイヤーモニターのカナル部を伸ばせば、耳閉塞効果を少なくすることが出来ます。

ただし、先の危険を伴うため、補聴器ではカナル部を長くするのではなく最近は耳穴を密閉させないという手法をとっているようです。
カスタムイヤーモニターにおいては、ステージ上でのモニター用途の場合も同様に短めのカナル部を使用し、強調される低音部をイコライザーで低減させることで耳閉塞効果が気にならないようにしているようです。
これは、自分の声よりもマイクを通してカスタムイヤーモニターに帰ってくる音の方が大きいという状況をうまく利用したもののようです。
ただし、オーディオファンがカスタムイヤーモニターを使う場合は、使用しながら話すことはないと思うので、耳閉塞効果の影響は考慮する必要はないでしょう。


しかし、より効果的に耳閉塞効果を低減させるためには第二カーブ以降までカナル部を伸ばす手法は未だ有効です。
そこにフォーカスしたメーカーがSensaphonicsです。
Sensaphonicsでは柔らかいシリコン素材を利用することにより、第二カーブ以降の痛みを感じやすい部分でも快適に利用出来るようにしています。
Sensaphonicsのメインターゲットはステージ上のボーカリストです。そのため、口を動かしても決して密閉が外れず、耳閉塞効果で不快になることが無いように設計されています。

え、でもFiEar Silenceもシリコン素材じゃない。という疑問がありますが、それはカスタムのイヤーモニター・耳栓の製法が影響しています。
耳栓やイヤモニを作る際には先の耳型を使用し、まずそれのメス型を作ります。そのメス型にカスタムイヤーモニターを形作る素材を流し込み固めて作ります。

その際、FitEarでは耳栓やイヤモニを作る用のメス型を作る時点で不要なヘリクスやカナルの先端などの部分を削り(トリミング)ます。その後のシェル作成で密閉の肝になる部分の厚みを増して装着感を調整していきます。
対してSensaphonicsはトリミングは一切せず、そのまま一回り二回り大きく太くします。
ここが両者の大きな違いです。なぜなら、FitEarは基本的には固いアクリルシェルでの製造を行うメーカーだからです。
どっちが良いとか言う話ではなくて、固いアクリルシェルを作るには痛みや危険を避けるためにトリミングは必須で、カナル部は短く作ります。
柔らかいシリコンで作るのであれば、そのリスクが少ないためにトリミングせずに耳型に忠実に作れるのです。
要所要所で密閉を確保するアクリルシェルと、ぴったり全面を密着させて密閉するシリコンシェルの違いですね。
ただFitEarは基本的にアクリル製造のメーカーなので、おそらくシリコンの耳栓を作るときでもアクリルと同様のメス型を作るんじゃないかと思います。
FiEar Silenceを作った際も耳型を再採取しなかったので、以前のメス型を利用しているのでしょう。
その前提があるので、同じシリコンのカスタム耳栓と言ってもこんなに違いが出ているのだと思われます。

また、カナル部以外の大きな違いとして述べたヘリクス部が薄いということですが、これは首や顎の動きへの追随に大きく貢献しています。
シリコンでカスタムシェルを作っているメーカーは他にもありますが、ここまでヘリクス部を薄く作るメーカーは見たことがありません。
これは10年ほど前にSensaphonicsで購入した2XSからみても大きな進歩です。当時はまだアメリカのラボで作成していましたが、今は日本にラボがあります。
おそらく、日本のラボで培われたノウハウなのでしょう。20年近くフラグシップは2ドライバーの2XSのままという頑固一徹なSensaphonicsですが、ドライバー以外の部分では進歩を続けているようです。

注意点として、カナル部が特に長く太いのは、そのように作ってほしいとオーダーしたからです。通常はここまで大きく作ることはないとSensaphonicsの方も仰っていました。
しかし、例外的なオーダーでも完璧なフィットで提供するのには職人魂を感じます。


やたら褒めましたが、Sensaphonics Musician's Ear Plugsにも使用に厳しい部分があったりします。
実はこれ、めちゃくちゃ装着しにくいんです。ぱっとつけるのは無理ですね。
柔らかでぐにぐに動くしワセリンとかないとまず片手ではつけられません。まぁ、はまると動かないって事は入れにくい出しにくいって事ですよね。
なので、すぐに外すというのも難しいです。
また、品質というか見た目の綺麗さではFiEar Silenceがずっと綺麗です。Sensaphonics Musician's Ear Plugsではコーティングのむらや削り残しのような部分がややあります。
装着には影響はないですが、少し気になる部分ではあります。


さて、長々と書きましたが、結論としてはタイトルに書いたとおり
Sensaphonics Musician's Ear Plugsはカスタム耳栓で最高の選択肢かもしれない
です。
耳栓を付けたいけど痛みがあってつらいという方、耳栓使用時の会話に困難を感じている方、既存の耳栓に不満がある方、なんとなくカスタム耳栓を買ってみたい方、是非ともご検討ください。
強くオススメ出来る製品です。


技術的な部分の記述に関しては各メーカーの中の人にお聞きした内容、またそれぞれの各メーカーサイトを参考にしています。
誤りがある場合は平にご容赦を…